ゴールデンルーキーの現在地とは-。みやざきフェニックス・リーグに参加中のヤクルト奥川恭伸投手(19)が日刊スポーツのインタビューに応じ、プロ1年目のシーズンを振り返った。1月の右ひじの軽い炎症やリハビリに始まり、今月経験した1軍デビュー戦について。プロ野球選手としての1歩目を、糧にする。【取材・構成=保坂恭子】
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甲子園準優勝投手、世代NO・1右腕と評価されて飛び込んだ世界。奥川はプロ1年目の終了を前にして、自分の立ち位置を明かした。
奥川 まだ出発地点だと思います。(先が)長いです。これからも絶対、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。その時どうするかというのが大事だと思うので、覚悟しています。
今季最終戦となった10日の広島戦でデビュー。寒さや初めての神宮のマウンドということもあり、本来の投球ができず2回0/3を5失点で初黒星を喫した。
奥川 楽しい、なんて感情はなかったです。どうしたら修正できるのかなってずっと考えて頭がいっぱいいっぱいで、余裕がなかった。どこが悪いかというのは分かっていたんですけど、最後まで修正しきれなかったです。
デビュー戦の内容に周囲の厳しい声も耳に入ったが、冷静に分析する。
奥川 まずは、体感できたことが一番です。いわゆる1軍レベルというのを、自分の肌でしっかり体感できました。目指すところが明確になったというのは、(今季)最後に投げられてよかったなと思います。
難しいと感じたのが、先発投手としての1日の動き。早朝に起きてバスで移動し、練習を経てすぐに試合が始まる甲子園とは違い、練習から試合までの時間が長い。
奥川 甲子園だと時間がけっこう早くて、すごいバタバタなんです。でもプロ野球だとアップして、1度クラブハウスに戻って、また球場に行ってと、その時間がけっこう長い。1回スイッチを切ってしまうと、周りの期待に応えなきゃとか、そういうところまで考えてしまって、難しかったです。この間は、とにかく(クラブハウスで)ソワソワしていたので落ち着こうと思って、好きでいつも見ている「エスポワール・トライブ」さんのYouTubeを見ていました。
阪神戦(甲子園)、巨人戦(東京ドーム)と1軍の試合に帯同し、試合の雰囲気や練習も経験した。その中で、石川ら先輩たちの練習に取り組む姿など、すべてが勉強になった。
奥川 意外と登板日も、練習の時は普通ですよね。誰が先発するか分からないくらい、リラックスしていました。自分だと去年の甲子園は、行きのバスから緊張しているんです。(プロ野球は)ご飯食べたり、お風呂に入ったりできる。その違う部分を、うまく使えなかった。気持ちの持って行き方、試合の入り方を、これから勉強していかないといけないところだと思います。
高卒ルーキーが注目された今季。他球団の同期では、オリックス宮城やロッテ佐々木朗がよく話題になり、比較されることも多かった。ともに日本代表として戦った仲間だが、今では少し違う見方になっていた。
奥川 気にはなりますね。耳に入ってくるので、見ると気になります。でも、もうここまできたら、自分は自分だと思っています。成績を残せればよくなるし、残せなかったらダメになる世界。勝ち負けは、後からついてくるものです。負けたくなかったら、自分が0点に抑えれば負けないので。
右ひじの軽い炎症に、2度のノースロー調整ともどかしさや悔しさを経験した。描いていた未来よりも、実際は苦しい時間が長かった。
奥川 ノースローの期間は不安もありましたし、すごく長く感じました。8月くらいには元気に投げているんじゃないかなと感じていたんですけど、また投げられなくなったりして、いろいろあった1年でした。他にもっと苦労している選手もいると思うんですけど、自分にとってはなかなかないことだったので、すごくストレスのたまる期間で、しんどかったですね。投げたいなぁと、すごく思いました。
ストレス解消法は、星稜野球部のチームメートとの電話だった。長い時には1時間以上、野球のことは全く口にしなかった。一方で、自分の体とも向き合った。肘、肩など使い方やケアなど、トレーナーを質問攻めにして勉強を重ねた。
奥川 ノースロー調整が必ずしもマイナスだったかと言ったら、そうじゃないと思っています。肘に対するケアの仕方とか、違うトレーニングをしっかり出来たこととか、すごくよかった。考えてやるかやらないかで、大きな差になると思うので。ウエートトレーニングなら1つ1つ丁寧にやるとか、先輩を見て学びました。得た部分は、しっかり来年につなげていきたいなと思っています。
少しの違和感や、変化を感じ取れるようになったことも、成長の1つだ。高校時代には全くなかったことが、プロの世界では当たり前になった。
奥川 肩の機能が落ちてきたときに、どうしても肘に負担がかかったりする。自分でチェックしたり、ちょっとここが動きが悪くなってきているなという時に、そこでしっかり対処して、大きなケガにつなげないように。今までだったら全然考えたこともなかったので放置してケガになっていたと思うんですけど、そういうところもしっかりやっていく。痛めるのは、他の部分からも(影響が)来ているんだよというところが分かりました。
フィジカルも、経験も、着実に階段を上っている。もどかしさも、悔しさも、経験したからこそ分かること。2年目にかける思いは、強く大きい。
奥川 今年はファームにいる時間が長かったので、来年は、しっかり1軍に長くいられるようにやりたいなと思います。
目指すべき山の頂上は、まだ雲の上。目的地が高いからこそ、今年踏み出した1歩には意味がある。
◆奥川恭伸(おくがわ・やすのぶ)2001年(平13)4月16日、石川県生まれ。星稜では1年春からベンチ入り。4季連続で甲子園に出場し、19年夏は準優勝。同年ドラフトで3球団の1位指名を受け、ヤクルト入団。11月10日の広島戦で1軍デビューも、3回途中5失点で初黒星。2軍では7試合で1勝1敗、防御率1・83。今季推定年俸1600万円。184センチ、82キロ。右投げ右打ち。
<ヤクルト奥川の今季> ◆負傷 新人合同自主トレ中の1月15日、横浜市内の病院で検査を受け、右肘の軽い炎症と診断される。ノースロー調整へ。2月22日、宮崎・西都の2軍キャンプで初ブルペン入りし22球。
◆2軍 6月20日イースタン・リーグ開幕戦西武戦に初先発し実戦デビュー。1回を14球で無安打、2三振の無失点。8月上旬、再びノースロー調整に。9月30日、ルートインBCリーグ選抜との交流戦で実戦復帰。11月1日、イースタン・リーグ最終戦日本ハム戦に「9番・投手」で先発。5回を56球で初勝利。3奪三振、1四球の無安打無失点。イースタン・リーグ通算7試合で1勝1敗、防御率1・83。
◆1軍 11月3日、甲子園での阪神戦で初1軍帯同。10日の広島戦で1軍デビュー。